すみちゃん

7月後半、突然の鼻水洪水から ずっと 空咳と鼻水が続いていた。

鼻水が前(鼻の穴)から出ず気管に下りしてまうので、横になるとたまり

それを吐き出そうとする咳で夜は眠れない。

今月に入り、だるい日々。

たるんでいると焦ったら、それは、風邪だった。

レンコン生絞り汁と梅醤番茶、薪風呂に浸かるも、微熱続き。

咳でやっぱり夜は眠れない。だるくすっきりおわらない風邪。

だけど、その日がやってきたのでひとまず風邪は無視した。

東京から、すみちゃんがやってきた。

(焼酎の品揃えに大興奮のすみちゃん)

すみちゃんは、15年くらい前からALASKA.を聴きにきてくれている人。

ちょうど仕事で久留米にきたので、残りの休日に会いにきてくれた。

すみちゃんは、ライヴに来てくれる。でも

ライヴのときは、おわってからしかはなせないから、あんまりゆっくりした時間がない。

だけど、わたしはすみちゃんに絶大なる信頼と尊敬を持っている。

すみちゃんは、観音菩薩さんみたいな空気をかもしだす。

でも、すみちゃんは ただ すみちゃんをやっているだけである。

そんなに知らないけど、わたしはすみちゃんがすき。

だから、すみちゃんが来るといったら 断らないと決めていた。

そして、すみちゃんは天草まで来た。

2泊3日。

海に行って、家でくつろいで、たくさん話して たのしかった。

下田温泉によったら偶然親方に会って、立派な伊勢エビを持たせてくれた。

生まれて初めて生きている伊勢エビをさばいた。

切った後も身がプリプリと動いていた。

頭と殻は味噌汁にした。

一人だったら、ドキドキに苛まれて

こんなに真剣においしくしようと思えなかったかもしれない。

でも、おいしかった。

野菜屑を埋めに畑にいったら、すみちゃんが地面に散らばる栗をみつけた。

ピカピカの栗がたくさんおちていた。

メリーのお墓の所の木が山栗だったことが分かり、

そのピカピカの栗を拾って栗ごはんにした。

おいしかった。

帰る前日の夜というかほぼ朝方、すみちゃんに感謝を込めてうたいまくった。

すみちゃんは、わたしももう持っていない程古い外国でのALASKA.ライヴ音源まで愛聴していた。

うれしくて感動した。

すみちゃんは、お客さんかもしれない。

でも、わたしには特別な人。

ALASKA.の活動は、かれこれ20年以上になるけど波がある。

ママの病気の看病や、自身の気が落ち込みすぎた時などは休んできた。

又、今も作業に明け暮れて活動としては下火である。

作曲はいつもしていても、そのブランクから活動再開する時はすごく大変なのだが

何事もなかったかの様に、ダイレクトメールもしてないのに

すみちゃんはひょっこり来てくれる。

ききたかったんだよ~って。

わたしがどんなに不安でも

なにがあっても

きいてくれるひとがいる。

ききたいとおもってくれるひとがいる。

歌い手として

そんな素敵な人がいてくれるなんて

わたしはなんて幸運なんだろう。

この作業中の天草のSTUDIOにきても

たのしそうに満喫してくれる。

ありがとう。

わたし

作って

うたっていくからね。

これからもよろしくね。

次回は、ケンヤやタタラちゃんや御一行であそびにきてね。

すみちゃんをバス停まで送って

漸く、発熱した。

月末月始に遠出するので、念のため病院に行ってみたけど

久々の病院はちょーてきとーで質問には一切答えてくれなかった。

質問する人がいないのだろうか?医師や薬剤師は怪訝な顔で薬の効能のみを述べたが、それはプリントに書いてあるので読めば分かる事であり又、残念ながら質問に対する答えではなかった。

仕方がないのであきらめた。

お金の無駄遣いだったかもしれない。

一応、薬はもらったけど、飲む前にもうすぐ治りそうです。

すみちゃんは、多分、わたしを調律しにきてくれたんだと思う。

すみちゃん

ありがとう。

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