一等賞

時々 親方が手伝いにおいでと電話を下さる

まだそんなに役にたてないわたしでさえ実際の現場では必要なときもあるけど

どちらかというと わたしがひとりにならないように 声をかけて下さる

わたしなりに思う様に動ける日もあれば

ビビってほぼ 親方と野口さんをみつめてる時間の方が長い日もある

どんなに作業が過酷でも どんなにわたしがへっぽこでも

野口さんはどんな事でもビビらない

よか!完璧にするけん!と いう

ある日の作業中 どんなふうに今の野口さんがあるのか質問したら

どんなことを言われても できない自分で在りたくなかった

だから人が休んでいるときも 自分が納得いくまで惜しまず努力をし続けた

負けたくなかもんね

いった

いま キッチンでふと思い出した事

勝ち負けを競うのは大体 幼稚園 小学校 中学校 学生時代の主に競技や展覧会

わたしは走るのがまぁまぁ早くなっていた小学生の頃

マラソン大会で一生懸命走っていて すぐ目の前にはゆりちゃんがいた

ゴール近く学校付近で喧騒の中 ゆりちゃんのおばちゃんの叫ぶ声

ゆりを抜かさないで!

そっかーとこころがすとん と して その距離のままゴール わたしは2位だった

中学に上がり千葉市の新興住宅地から離れた市原市の田舎町に引っ越し

その中学校では大会前だけ寄せ集めで作られる駅伝チーム(弱小)の選手になった

2年生 わたしは嫌われ者だった

何キロだったか思い出せないけど 練習はいつも山道

前にその頃ボス格の女の子が走っていて その後を着いて走っていた

山の中で走っているリズムと それに合わせる呼吸と体が

空中に浮いている一瞬を繰り返すので 駅伝の練習はすきだった

山の上 秋にはカマキリがいっぱい歩いている細い道

その頃ボス格の彼女が突然振り向き

抜きたいなら抜けよ!

と叫んだ

こわかったので

彼女がちっちゃくなるまで距離をとって走る時間をたのしんだ

こう書くと

もしかしたら

過去の話は一見 世間一般的とされる見解では

かわいそうっぽい学生時代かもしれないけど そんなことはなく

説明を端折れなかっただけで

ポイントが何かというと

幼い頃を思い出すのは 自分の本性を知るヒントなのではないだろうか

と 思った

わたしは心底  一等賞になりたいと思って努力する事がなかった

何をしていても勝敗にそこまでこだわれなかった

一等賞はなんかこわくて なれたらラッキーだけど

なくてもいいやと 目指す事をそもそもあきらめていた

体の訓練をしながら こころを強く持つ努力がある事を知らなかったのか

いや 知ってはいたのにビビってやらなかったんだと思う

過去を思い出して

わたしのなかに非常にビビリなわたしがいることが改めてわかった

大工さんの野口さんの話を聞いた時

一等賞 勝る事 負けない事 その戦いというものは

実は 誰かや何かではなくて

自分との事だったんだと 初めて分かった

持ちきれないかもしれない重さの物を絶対落とさず持ちきる事

初めての作業の一連をその場でインプットし 次の場で自分が出来る事

そのために日々 努力を惜しまず頭と体を使い

出来るというこころを育てる事

また 出来ない事は出来ないと言える事

どんな内容でも芯は同じ

自分次第で様々な自分の可能性を引き出しハッピーになることはいくらでもできる

でも最終的にその扉を開ける事は自分にしかできない

自分自身を信じて努力する事

それが一等賞なんだって

初めて知りました

なんでこの事をいま書いているかというと

今日 親方のお手伝いに行って 野口さんと二人で6メートルの柱を立てたり

高い所に登ったり いろいろな作業はこわかったけど こわいとわたしは能力が半減以下になるので

あ この事だ!今だ!と思い 勇気と頭を振り絞って体を使ったら出来た事が前より増えて

あぁ まだちゃんと分かってないかもだけど こういう事なのかもしれない

と 体感実感したのであります

正直 不安なことがいっぱいだったけど

できるまで 丁寧に諦めずがんばって作ろうとやっと心底 思えました

言葉はいろいろあるけど

言葉には

魂がそっと乗っているか 中にやわらかくまるまっているんだね

魂は どうあってもすてきなんだね

ありがとう

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