池田くんのはたけ

11/10〜1週間 鹿児島 頴娃町に行ってきました。
池田くんのはたけにて、勉強しながらおしごとさせてもらいました。


( いんげんさん こんにちわ)

池田くんは本気農家さんで、オクラとインゲンとスナップえんどうを作っています。
広い広いビニールハウスで、普段は池田くん一人で作っています。
これから寒くなるので ビニールハウスを整えたり、伸びてくるスナップさんのヒゲがつかむ網を張ったり、オクラのはたけの草刈りなどなどをしました。


( スナップえんどう フリフリちゃん)

あ スナップさんの種をひとうね植えました。ちゃんと生えてきてください。


( ビニールハウスのビニールをとめているところ)

頴娃町はほとんどの時間、風がふいていました。
だから ビニールを張るタイミングが大事だったり、ちょっとした隙間からビリビリになったり あと小さい芽が倒れないでいてくれる事とか、ビニールハウスは露地栽培と違って
長期間栽培できるけど、そのための気配りがすごくたくさんあって
本当にすごい。


( いんげんさんお花 まんなかくるくる)

こうやって作ってくれる農家さんがいて、街のスーパーに野菜が
いつも並んでたくさんの人がごはん食べれているんだと、しみじみと思いました。


( オクラさんはたけ*びふぉあ)

一人でも片手でひろげられるビニールや紐の結び方やたたみ方、
きっちりやるところと、やらないところの見極め方、
一人作業をしてるときに大事になるポイントを、はたけでの事や
日々のなかでたくさんおしえてもらいました。
いろんなことは いろんなこととつながってる。


(オクラさんはたけ*アフター)

あと、ごはんをたくさん作らせてもらってうれしかったです。
普段ひとりだと適当にしか作らなくて、段取りとか悪くなっていてかなしかったので
リクエストをきいたり お酒に合わせて作ったり たべたいものを想像して作ってたべたり
意見をきいたり、教えてもらったり、ごはんって、やっぱり、だいすき。
ひさびさにたべた焼きおにぎりにはまりそうです。


( いけだくん にいさん ワタス)

あと、池田くんのお友達のにいさんねえさん夫妻に会えて うれしかった。
にいさんねえさん夫妻も農家さんで、にいさんは作り手で、
針金の作品を作ったりしていて すごくかわいい。
いろんな話が出来てまたうれしかったです。


( 鹿児島 頴娃町 Art Works にいさんの作品 )

このムニョムニョの曲線がたまらず。お家にかざりました。
ありがとう!また会いたいです。

あと、うたをうたったり、池田くんにギターを教えてもらいました。
ギター 奥が深い。ギターやっぱりかっこいい。
練習がんばる。あと、知らなかった曲も聴けてたのしかった。


( 衝撃的だったスーパーの丸ごと鰹節)

スーパーに行ったら鰹節がまるまるふつうに売っていてびっくりした!!!
いつか削りたての鰹節でごはんたべてみたい。
鹿児島も広いから地域によって違うだろうけど、見た事ない食材があっておもしろかったです。せせり(とりさし)おいしかった。

( すてき親子 )

最終日 いけだくんのむすめちゃんとあそびました。
やさしいおんなのこ。かわいかった。ありがとうね。

いけだくんは友達だけど、すごい先輩で
改めて すごい人だなとおもいました。
たくさん学ばせてくれて どうもありがとうございます!

まじで すごい。こんな大人にわたしもなりたい。
本当にすごい。


( いんげんさん ビニールハウス 中二重=なかにじゅう=)

たのしかったし、盛沢山で 今はそれを反芻しながら書いているけど 大事なことがいっぱいすごくてまだソワソワというかもりもりします。

人生はいいこともそうでないこともあるけれど、とにかくドキドキします。日々精進。
いけだくん ほんとうにどうもありがとう!
これからまた天草でがんばりまっす!

おもしろ人生。


はたけから薩摩富士が見えました。おかげで方向がわかる。

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2ねん

10/24 お母さんから引き離され

恐怖で震えて おしっこまみれで

突然に彼がやってきた日。

真夜中 稟と立ち月に照らされた美しい彼と3時間に及ぶ会議の末

わたしたちは一緒に暮らした。

メリーと出会えて2年が経ちました。

今はからだは無いけれど

かけがえのないわたしの家族

merry lasting peace

会いにきてくれてありがとう

あいしているよ

こころから

ほんとうに新月だった

ばびちゃんと電話で話してねむったら金縛りに何回もあった

ものすごい強烈で

なんとか逃れようと目をあけると

窓の向こうの電線から火花が散った

金縛りがパワフル過ぎて わたしを通過してわたしの目からエネルギーみたいなものが飛び出す為 わたしの視線の先にあるものが爆発してしまうからだった

やばい 火事になっちゃう

目も開けられない

もがき続けていたら

一瞬ゆるんだので その隙に一気に起きて金縛りから逃れた

こりゃひとりじゃだめだと

リダイヤルでばびちゃんに電話した

ばびちゃんは三茶のひつじスタジオで録音中で忙しかった

ひつじスタジオのその一室はガラス張りで中が全部 絵で かわいかった

すぐに誰かに電話を代わった

出たのは池田くんだった

鹿児島から東京に行ってるらしい

池田くんに説明して とにかく

ひとりじゃまた難しいから電話したと

話すと

俺は金縛りにあったら相手の腕をとって投げ飛ばすと言った

や 触るのかい!触れるのかい⁈

凄すぎる わたしにはハードすぎる

そうなんだ…とだまるわたしに

池田くんは

言うても

そりゃあれやな

新月

新月で荒れてんだよ

新月と暦も見ずに言える池田くんはさすがの鋭さで

そっか と納得しつつも

こわかったわたしは

だけどー!だけどー!火花がー!

と言ってしまうのを

だから新月だからだよ

の一発でおさめられ

そっか!と

理由が分かって安心した

すると外が騒がしい

いつの間にか朝が来ていて

たくさんの人がうちの方へ登ってくる

えー!今日草刈りかなんかだった?

とびっくりして

電話の池田くんにちょっとまってねといって

窓を開けて女の人にきく

女の人はオバQに似ていた

今日なんかあるんですか?

…くんが飛ぶんです

え?sonくん?天草で?

いや スンくんです

へ〜

スンくんってだれ?と思いながらそうなんですね

と窓をしめた

窓はなぜかくるくる回す

車のまどだった

スンくんらしき人は空色のツナギを着て白いヘルメットをかぶりデカイ羽をつけている 後ろにはヘリコプター

取り囲む人々が拍手していた

電話の池田くんにだいじょぶだったーと戻ると おまえのいまの嘘くさい話し方はなんなんだ!と叱られた

説明したかったけど まだ町の人がいて聞き耳を立てているので話し辛く

叱られたままになった

池田くんはまぁいいけど といって

別の話をしていたら電話がとぎれた

あれ?っと思ったら受話器がない

しゃべりながら目が覚めた

ゆめだった

あ〜 こわかったけど

ゆめでよかった〜

新月か〜 ホッとした〜

とおもって またねた

神奈川県の小さな港町

中華風の鳥居をくぐると

中央の奥に神社

右手に団地

左手に建増しを重ねたために入り組んだ低いビル

そのビルの入口から階段で2階に上がると1フロア広々とひつじスタジオがあった

ほんとだ〜!神社の中にあるんだね!

学校の教室みたいに一面は窓で

窓の向こうには海がみえた

港は晴れてて 海が遠くまで

キラキラ光っていた

ばびちゃんは海を見ながら

仕事したり音楽つくったりする

疲れたら海で休憩

ここを選んだんだな〜

よくみつけたね いいねぇ

わたしは海の写真を撮った

ひつじスタジオがここにきた時

町の人が総勢でお祝いしてくれたそう

階段を下りて また鳥居をくぐり

神社を出てすぐ左に行くと

商店街の入口

門はまた中華風でこちらはド派手でカラフル かわいい

小さな商店街の左手3軒目あたり

隠れひつじスタジオがある

ミュージシャンや作り手のたまり場的な所で 作業をしたり 会議をしたり 集まるところ

なんでも好きなものが置いてある

ばびちゃんは最近ビンテージものに少しはまっていて オークションで買ってきたかっこいい冷蔵庫が

現役で動いていた

その他 巨大な蓄音機のような形をした古いライターの販売機 タバコじゃなくてライター ライターにはそれぞれメンバーの名前が書いてあった

通りに出るとばびちゃんと数人が撮影していた 何か手伝うよ〜と言おうとしたら撮影が始まっちゃったのであわてて離れ また部屋にもどった

よくみると 壊れた冷蔵庫に電球が入って照明になっていたり オブジェとして置いてあったり とにかく冷蔵庫がいっぱいあった

みんなが撮影から帰ってくる間にお茶でもいれようかと思ってたら

いろんな人が集まってきて

宴会ちっくになった

なんかおもしろい家族がいて

話していたら 千倉から天草へ引っ越してきたというので

わたし千倉出身だよ〜あら〜と

親近感がわく

彼らは天草に来る前に熊本でレモンと葉物野菜の職業訓練を受けたそうで

レモンは作るといっていた

神奈川にいるはずなのに

天草とごっちゃになったけど

ばびちゃんたちが撮影からもどってきて 神奈川になった

ばびちゃんはそのユニットのメンバーでプロデュースもしているので

予定がつまっていた

あれ?ひつじスタジオ三茶じゃなかったっけ?と聞いたら

こっち(神奈川)はたまにしかこないといっていた

ひつじスタジオ神奈川支店

みんながわいわい騒がしい中

メガネの子が時間調整をしている

今日は知り合いのバンド何組かライヴがあるらしい

ばびちゃんは聞いてなかったよ〜聞いてたらもうちょい考えたけど

今日はもうしんどいから帰る と

あ〜 電話だけでもいれとこっかな と

そっか〜 なんかわいわいしてる中

今日はみつ以外にも帰ってきてる人が何人かいて横浜で

ライヴがあるらしいと

説明してくれた

わたしは透明の一升瓶を洗って

持って帰ろうとIKEAの袋に入れようとしたら瓶の底が割れて抜けていた

あぶないけど 包むものもない

しょうがないなぁと

気をつけて帰ろうとおもった

高校生の女の子が2人やってきた

彼らのファンらしく ステッカー貼りを頼まれて喜んで出て行った

もうすぐ17じになろうとしていた

その先のセブンイレブンは18じで閉まるらしい

袋を貰うならそこに行くしかない

わいわいガヤガヤ

季節はカラッとした真夏だった

なんとなく

目が覚めた

ゆめ2本立て

後で調べたらほんとうに新月だった


午後

三茶のひつじスタジオから

マイクが届いた

喜びと緊張でゾワゾワする

枕本トクロウ氏 ありがとう!!!

すみちゃん

7月後半、突然の鼻水洪水から ずっと 空咳と鼻水が続いていた。

鼻水が前(鼻の穴)から出ず気管に下りしてまうので、横になるとたまり

それを吐き出そうとする咳で夜は眠れない。

今月に入り、だるい日々。

たるんでいると焦ったら、それは、風邪だった。

レンコン生絞り汁と梅醤番茶、薪風呂に浸かるも、微熱続き。

咳でやっぱり夜は眠れない。だるくすっきりおわらない風邪。

だけど、その日がやってきたのでひとまず風邪は無視した。

東京から、すみちゃんがやってきた。

(焼酎の品揃えに大興奮のすみちゃん)

すみちゃんは、15年くらい前からALASKA.を聴きにきてくれている人。

ちょうど仕事で久留米にきたので、残りの休日に会いにきてくれた。

すみちゃんは、ライヴに来てくれる。でも

ライヴのときは、おわってからしかはなせないから、あんまりゆっくりした時間がない。

だけど、わたしはすみちゃんに絶大なる信頼と尊敬を持っている。

すみちゃんは、観音菩薩さんみたいな空気をかもしだす。

でも、すみちゃんは ただ すみちゃんをやっているだけである。

そんなに知らないけど、わたしはすみちゃんがすき。

だから、すみちゃんが来るといったら 断らないと決めていた。

そして、すみちゃんは天草まで来た。

2泊3日。

海に行って、家でくつろいで、たくさん話して たのしかった。

下田温泉によったら偶然親方に会って、立派な伊勢エビを持たせてくれた。

生まれて初めて生きている伊勢エビをさばいた。

切った後も身がプリプリと動いていた。

頭と殻は味噌汁にした。

一人だったら、ドキドキに苛まれて

こんなに真剣においしくしようと思えなかったかもしれない。

でも、おいしかった。

野菜屑を埋めに畑にいったら、すみちゃんが地面に散らばる栗をみつけた。

ピカピカの栗がたくさんおちていた。

メリーのお墓の所の木が山栗だったことが分かり、

そのピカピカの栗を拾って栗ごはんにした。

おいしかった。

帰る前日の夜というかほぼ朝方、すみちゃんに感謝を込めてうたいまくった。

すみちゃんは、わたしももう持っていない程古い外国でのALASKA.ライヴ音源まで愛聴していた。

うれしくて感動した。

すみちゃんは、お客さんかもしれない。

でも、わたしには特別な人。

ALASKA.の活動は、かれこれ20年以上になるけど波がある。

ママの病気の看病や、自身の気が落ち込みすぎた時などは休んできた。

又、今も作業に明け暮れて活動としては下火である。

作曲はいつもしていても、そのブランクから活動再開する時はすごく大変なのだが

何事もなかったかの様に、ダイレクトメールもしてないのに

すみちゃんはひょっこり来てくれる。

ききたかったんだよ~って。

わたしがどんなに不安でも

なにがあっても

きいてくれるひとがいる。

ききたいとおもってくれるひとがいる。

歌い手として

そんな素敵な人がいてくれるなんて

わたしはなんて幸運なんだろう。

この作業中の天草のSTUDIOにきても

たのしそうに満喫してくれる。

ありがとう。

わたし

作って

うたっていくからね。

これからもよろしくね。

次回は、ケンヤやタタラちゃんや御一行であそびにきてね。

すみちゃんをバス停まで送って

漸く、発熱した。

月末月始に遠出するので、念のため病院に行ってみたけど

久々の病院はちょーてきとーで質問には一切答えてくれなかった。

質問する人がいないのだろうか?医師や薬剤師は怪訝な顔で薬の効能のみを述べたが、それはプリントに書いてあるので読めば分かる事であり又、残念ながら質問に対する答えではなかった。

仕方がないのであきらめた。

お金の無駄遣いだったかもしれない。

一応、薬はもらったけど、飲む前にもうすぐ治りそうです。

すみちゃんは、多分、わたしを調律しにきてくれたんだと思う。

すみちゃん

ありがとう。

お盆

ことしはメリーと喜久江おばあちゃんの初盆だった

やんごめくいくい おみずのみのみ

このあかりをたよりにおかえりなさい

迎え火と送り火での言葉

迎え火だと最後のところが お戻りなさい だったかもしれない

でも おうちにかえってくるから おかえり かな

じゃあ 送るときはお戻りなさいだったのかな

わからないけど 両方 おかえりなさい と言った

提灯がないから kappa堂さんのお香をつけて

きゅうりをもって迎えにいき 送りにいった

お盆の間も わたしはずっと作業だった

何があったわけでもないけど

ふしぎなことに しあわせいっぱいだった

メリーをかんじた

八重子おばあちゃんもちょっときた

わたしには『みどりのつき』というなまえのうたがあって

このうたは お盆に 八重子おばあちゃんにかいたうたです

なんだかうれしくてひさしぶりに大爆笑した

お盆っていいなとおもった

たくさんのご先祖様

ともだち

ともだちの家族

おもいつく人々へありがとうと話をした

メリーはしんでしまった だから とうめいだけど

こんなにあいにあふれているなんて

どれだけメリーはすごいんだろう

メリー ありがとう だいすき

0806 広島

0809 長崎

0815 終戦

かなしい出来事は まだまだ たくさんある

簡易的ないのりでは

この世のへいわには とおいかもしれないけど

山から黙祷をした

たくさんのたましいとその御家族は

しあわせなお盆を過ごせたのだろうか

せめてお盆の間は

しあわせに過ごせているといいな

おもいを馳せる

わたし

戦争は、しません。

merry lasting peace メリーのこと

merry lasting peace

メリーのこと

 

 

 

 

2017年01月15日 夕方

1歳5ヶ月。

メリーは、旅立ちました。

事故でした。

 

メリーを気にかけて下さった方々

やさしく迎えて下さった方々

どうもありがとうございました。

なかなか言葉に出来ませんでした。

ごめんなさい。

 

 

メリーはヤギでした。

わたしのだいすきな家族。

もう体がなくて、とうめいだけど

だいすきです。

 

 

ライヴの旅も、メリーはもう来れません。

きっと、とうめいになって自由にしているだろうけれど

もしかしたら既にあたらしい命にうまれているかもしれないけれど

これからは、わたしは メリーと一体化してうたいます。

 

 

メリーがおしえてくれたこと。

たいせつに。

まいにちをたいせつに

いきていく。

 

 

メリーとの暮らしは、本当に楽しく、いとおしいものでした。

お互いに大変なこともあったけれど、本当におもしろくて しあわせな日々でした。

いつもそばにいてくれた。

どうもありがとうございます。でも、ごめんね。ゆるしてください。

だいすき。

love you

 

 


 

うたいます♩

ALASKA. / alaskamitsu.